C様 92歳
訪問診療医から紹介を受けて田中がご自宅に訪問しました。ご家族と暮らしており、デイサービスにも通われているとのことです。テレビの音量が大きく、ご家族も困っていたようです。左手にも不自由があったものの、練習を地道に続けていただき、今では一人で補聴器を着け外しできるようになりました。テレビもご家族で一緒に楽しめるようになったようです。
●補聴器を試したこともあったがうまく使えず、耳は聞こえづらいままだった
静岡県富士市出身のCさんは七十年前に、ご主人の転勤で東京都に引っ越されました。子供の頃に中耳炎を片耳に患われたこともあったものの、九十歳を過ぎるまで補聴器を使用することはなかったようです。
Cさん自身が聞きづらさを感じたことが、それまで一度も無かったというわけではありません。ご同居されているご家族や、たまに遊びに来られるご親戚も、Cさんが聞こえづらい状態にあることは気づいていたようです。
「捨てちゃった補聴器もある」
Cさんはそう話しました。だいぶ前に安価な補聴器を購入したものの、適切な調整を受けることもなく、満足に聞いたり使ったりもできずに、補聴器の装用を諦めたことさえあったのです。
もう一度、改めて、補聴器を着け始めようと思い至ったきっかけは、同居しているご息女が近隣の耳鼻科を受診し、Cさんの難聴のことも相談できそうだと感じられたからでした。ご息女に連れられて耳鼻科を受診し、検査を受け、医師から補聴器の使用を勧められたそうです。最寄りの補聴器店も教えてもらったとのことでしたが、最寄りとは言うものの高齢のCさんにとっては決して短くない時間、タクシーを利用して通わなくてはなりません。
なかなか補聴器を試すことはできなかったものの、それでもご息女が補聴器の価格や評判などを知人から聞いたり、インターネットで調べたりという情報収集を行われていたとのことです。
インターネットの情報だけでは、補聴器のことを一から十まで調べ切ることはできません。
「どういう機能があって、どういうときに役に立って、どういうときに使うものか。それが知りたい。でも分からない」
娘さんはそのように語ります。
それでも、集められた情報や口コミから、安い補聴器ではなくて高い補聴器ならうまく使えるのかもしれないという希望を持たれたのでした。
●訪問診療医から紹介を受けたのは訪問補聴器技能者だった
Cさんは訪問診療医を利用されており、そちらに難聴や補聴器のことをお話ししたところ、訪問の補聴器サービスを提供している弊社を繋いでいただけることになりました。
さっそく、田中がCさんのご自宅に訪問し、まずは補聴器装用のガイダンスから始めます。
高い補聴器を買えばいいというわけではありません。どのような補聴器であっても、何年、あるいは何十年と聞いていなかった音を耳に届けます。それは、何十年と運動をしていなかった人が、急にジョギングを始めるようなものです。軽く走るだけ、あるいは早歩きでも疲れてしまうように、補聴器を着けたばかりの頃はどうしても耳が疲れてしまいます。
「3か月間、毎週、必ず来ます!」
有言実行。田中智子は週に一度、必ずCさんのご自宅に訪問しました。
Cさんは、左手にもハンディキャップを持っており、補聴器を自分で着けたり外したりすることも容易ではありません。ひとまずは、ご自身での電池交換を必要としない充電式補聴器を試していただきます。
補聴器の扱いに関してご高齢の方が不便だとご意見をいただくことが多いのは、「補聴器の装着」と「電池の交換」この二つです。
補聴器の装着は、自分の目で見えませんし、鏡を見ても左右反転しているから分かりにくいと感じられる方が多いようです。電池は小指の先よりも小さく摘まみにくい、滑りやすい、裏面と表面の向きが分かりにくい、などのご不便をたくさん耳にしてきました。
充電式の補聴器であれば、電池の交換の問題が起きませんので、初めて補聴器を使われる方は、補聴器の装着の練習に専念することができるのです。
●補聴器を使いこなすために必要な「トレーニング」は大変だった
「練習が必要だということも知らなかった」
Cさんと娘さんは非常に驚かれました。
とにかく、練習です。我慢です。楽しいことではありません。
なんとか補聴器を着けられたとしても、今まで聞こえていなかった音が急に聞こえてくるので、それにも慣れなくてはなりません。
トイレの水洗の音を聞いたCさんは非常に戸惑われたようです。
「こんなに大きな音を出して近所迷惑なんじゃないかと思った」
そう話してくださいました。
もちろん、トイレが壊れて、水洗の音量が急に大きくなったわけではありません。
ほかの人には当たり前に聞こえていた音を同じように聞こえるようになったのです。それは、周りの人には喜ばしいことなのですが、本人にとっては戸惑いであり、不安であり、恐怖であり、我慢です。
補聴器を着けたくない、着けてほしい、もうあきらめようか。
Cさんと娘さんの間でも、喧嘩のように言葉が飛び交いました。
しかし、その場に居合わせた田中は、Cさんは補聴器を使うことができると確信を持ちます。喧嘩できるだけのコミュニケーションを築くことができたのだから、あとは練習を続けられれば大丈夫です。
●我慢が喜びに変わった。補聴器はもう身体の一部
「我慢が喜びに変わった」
補聴器を着け始めてから一年が経ち、Cさんはそう話してくださいました。
以前は我慢がたくさんあったけれど、だんだん我慢が小さくなり、喜びが膨らんでいったとのことです。
補聴器を着ける前は、お孫さんから話しかけられても受け答えできません。一方通行のコミュニケーションで会話が成り立たなかったと娘さんは振り返ります。
Cさんも、娘さんも、それがもどかしかったのです。
今はテレビを一緒に見て、それを話題にした会話ができます。お孫さんやひ孫さんから話しかけられて、話し返すことができるようになりました。
家のインターホンが鳴れば来客に気づけるようになり、電話を取るようにもなりました。
難しい言葉や早口などは分からないこともあり、娘さんを介してやり取りすることもあるようですが、娘さんが分かりやすく言い直してくれれば、その言葉は分かるとのことです。
聞こえに関することでは何も我慢することはないと堂々と教えてくださいました。
今では一人で補聴器を着けたり外したりもできます。
補聴器を着けていることを忘れたまま、お風呂に入ってしまい、もう少しで濡らしてしまうところだったということも起きたようです。
「身体の一部になってしまった」
笑いながら教えてくださいました。
もともと身体の一部であった「耳」は、音を聞いたり言葉を聞いたりするためのものです。補聴器は字のごとく聴力を補う器具ですから、しっかりと言葉を聞いて会話ができるようになると、まさしく身体の一部のように感じられるのです。
生活の一部と言ってもいいかもしれません。
●生活の変化。コミュニケーションに積極的になった
Cさんはデイサービスにも通われていますが、補聴器を着けるようになってから周りを気に掛けることが増えたようです。
「デイサービスに行くと一人でいる方がいるから話しかける。寂しそうじゃない」
補聴器を使うようになり、他人とのコミュニケーションが増えたり深まったりするようになったCさんだからこそ、話しかけることや話しかけられることの大切さをご自身なりに考えられているのかもしれません。
「声を掛けても気づかないから、腕をとんとんって叩くんだけど、そうするとびっくりしたって言って気づくの。頭が良くて漢字をいっぱい知っている人だから、教えてもらったりする」
聞こえづらさがあると、呼びかけられことに気づかないこともありますし、もしかしたらほかの人に声を掛けたのかもと思い気にかけないこともあります。急に身体に触れると驚かれたり緊張されたりする方もいらっしゃいますが、話しかけようとしている合図を送ることで会話が始めやすくなります。相手の視界に入り、目を合わせるなど、そういった合図の送り方も有効でしょう。
Cさんは、ご自身が補聴器を上手に使えるようになり、我慢が喜びに変わったことで、たくさんの人と話をしたいと思えるようになったようです。
●補聴器は便利だけど、使い始めるまでの道のりが長い
Cさんも、娘さんも、聞こえで困っている方が補聴器を使用すればいいのにと思われつつも、決して安価なものではないからなかなか強く勧めることはできないとのことです。
「安い補聴器ではダメだから、高い補聴器なら上手に使えるだろうと思っていた。でも、しっかりと練習することが一番大事なんだなって、田中さんに来てもらって分かった。補聴器のことをスマホで調べても、値段とかお店の場所とか耳鼻科に行きましょうとか、そういうことばかり。知りたいのは、補聴器にはどういう機能があって、どういうことができて、どういうことに役に立つのかということ。それが伝わらないと、補聴器を試してみようという気持ちにはなりにくいかも。練習が必要だっていうことも知らなかったから」
娘さんは、Cさんのために補聴器のことを調べていたときのことを振り返り、もっと補聴器に関するいろいろな情報を見つけられることが重要だと教えてくださいました。
●来店ではなく訪問だったからこそ
田中が毎週ご自宅に訪問して補聴器の練習に寄り添うことができたのは、補聴器店に通うことが難しいCさんにとってはとても大切なことだったのかもしれません。
自分から通うということは、自分で通うのを止められるということです。また来週、補聴器店に行くので、それまでに一つできることを増やしたいと取り組んでも、それができないこともあります。誰にでも、得意なことや不得意なこと、すぐにできることや時間がかかることはあります。それでも、できなかったことに後ろめたさを感じて補聴器店に行きづらくなる方は少なくありません。
しかし、実際には少しずつできることは増えていくのです。毎週お会いすることができたので、そういった変化を知り、それをお伝えし、一緒にステップアップに取り組むことができたのです。
我慢が喜びに変わったと話したCさんですが、今は喜んでばかりいると、笑顔で教えてくださいました。
Cさんの「我慢が喜びに変わった」という言葉をいただけて、田中はCさんの聞こえのお手伝いに携わることができて、本当によかったと感じることができました。
あなたの聞こえの具合はどのくらい?
聞こえにくいと感じている方が、どのくらい日常生活に影響があるのか、というチェックシートです。
以下の10個の質問に、「はい」「ときどき」「いいえ」で答えていって結果を表示できます。
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